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加藤則芳の心の原風景
− 国立公園への誘い −

第四回 尾瀬・恋心にも似た - 尾瀬国立公園
   



 6月下旬ミズバショウ



 至仏岳



 尾瀬沼

 「♪夏が来れば思い出す、はるかな尾瀬、遠い空、霧のなかに浮かびくる、やさしい影、野の小径♪」。なんともおっとりと円やかで、心撫でるようなメロディーと歌詞。慌しく、苦悶する日々に追われているときに、なぜかいつも思い出し口ずさむ。するとすぐに、現実が目の前から消え去り、無垢だった子供のころのあどけない心の情景が広がる。幼少のころの、青春のころの懐かしきあれこれが蘇り、心安らぐ。

 尾瀬はこれまで何度訪れただろうか。中学2年の夏、ポンツク先生と親友たちと、はじめて登った燧ケ岳の苦しかったときの記憶。大学一年生にしてまだあどけない仲間たちと、夏の盛りの、台風明けのだれもいない尾瀬ヶ原を、なぜかサッカーボール持って歩いた記憶。水芭蕉咲き乱れ、人溢れるなか、ひっそりと片隅に咲く小花にカメラを向けていた青春の初夏の記憶。晩秋の夜明けの霧立ち昇る幻想の尾瀬ヶ原を、寒さに震えながら夢中でシャッターを切りつづけた壮年期の記憶。あのころの、ひとつひとつの思い出の心の襞に駆け戻るとき、いつも自然と口ずさむのも、夏の思い出。
 2007年、その尾瀬が日光から分離し、29番目の国立公園として独立した。日本には、十和田八幡平国立公園、阿蘇くじゅう国立公園、富士箱根伊豆国立公園など、複数の名をつけた国立公園が多い。これは、狭い国土の日本ゆえ、国立公園の数をやたら増やしたくない理由とともに、法律上一定以上の面積が必要になるからだ。一方、かなりの知名度があるにもかかわらず、国立公園の名称からはずされている地名もある。たとえば、阿寒国立公園にある摩周湖や屈斜路湖、十和田八幡平国立公園に含まれる八甲田山エリアなどがそうだが、当然ながら、自らのエリアの名前を加えてほしいという要望が多かった。日光国立公園の一部としての尾瀬も、その典型例と言われてきた。
 そのような要望を踏まえ、検討を重ねてきた環境省は、東照宮など文化的価値を目的とした観光客が多い日光と比べて、そのすぐれた自然性と景観を求めるハイカーや登山者、すなわちアウトドア志向のビジターが大半を占め、地形や生態的にも違うことなどから、日光と分離させ、独立した国立公園とすることに決めた。面積的な問題としては、新たに会津駒ケ岳、帝釈山、田代山などを含めた。
 「夏の思い出」が尾瀬を俗化させた、という批判が、かつてあった。その歌もあってあまりにも有名になりすぎたがために、訪れる人の数が増えすぎ、尾瀬湿原の破壊が進んだためだ。その破壊から本来の尾瀬を取り戻すために、環境省や地元自治体、住民、そして尾瀬国立公園全体の約4割の土地を所有する東京電力などがさまざまな活動を行なってきた。入山者数を抑えるために交通規制をし、山小屋の浄化槽整備、ゴミ、タバコなどの投げ捨てや、木道を踏み外す行為などをなくすためのパトロール活動などが功を奏し、10年前と比べて、はるかに環境が良くなってきた。60万人ほどいた入山者数も半分になった。
 日本は自然保護に対する政治行政力があまりにも小さすぎる。とりわけ国立公園管理をする環境省には人も予算もあまりにも少ない。数ある国立公園のなかでも、自然回復への活動が際立って盛んな尾瀬の、国による管理行政の足りない部分を補ってきたのが企業としての東京電力だった。企業のイメージアップという目的もあり、東京電力はこれまで尾瀬ヶ原の木道整備やインタープリタリングなどによる啓蒙活動などに力を注いできた。そしてさらに注目すべきは、改変で新たに組み入れられた田代山エリアがなんと、三井物産が以前より地域の自然を守るための活動を続けていた社有地だということだ。
 日本の国立公園行政にとって重要なことのひとつは、関係する組織や人々がいかに国と協働するかという点にある。その意味で、企業が国立公園管理の一翼を担うという尾瀬国立公園は、特別な存在の国立公園ということができる。
 今、東日本大震災による原子力発電所問題で、東京電力が尾瀬を売却するのではないかという問題がおきている。できればこれまで通りの活動を続けてほしいものだ。東京電力、三井物産という名だたる大企業が、これからも国民の宝ともいえる国立公園の整備事業を積極的に行ない、至らない自然保護行政の一役を担ってもらいたい。
 夏を間近にひかえたいま、この原稿を書いている間も、ずっとあのメロディーが脳裏に流れている。静けさとやさしさに包まれた懐かしい尾瀬のたたずまいが蘇り、まるで恋心にも似た胸のときめきを覚える。
 ぜひ一度は、そんな尾瀬を訪れていただきたい。初夏も盛夏も、秋もいい。でもやはり、せっかくならばまずは5月下旬から6月中旬にかけての初夏。水芭蕉の季節がいいだろう。ほんとうは、混雑するこの時期以外の季節をお薦めしたいのだが、尾瀬の代名詞でもある、純白の水芭蕉咲き誇る、あの歌の風景を味わってみてはいかがだろうか。